ちまきのくせに 〜西谷・初夏 笑いと笹の香りに包まれた七日間〜 #16-1

五月の朝、桑田孝一は意気揚々と名神高速を西へ飛ばした。

助手席には分厚い企画書。表紙には太い文字で「西谷ちまきプロジェクト・全国展開戦略案(第一次)」とある。百枚超、フルカラー印刷。我ながら会心の出来だった。

宝塚市西谷地区。大阪からさほど遠くはないはずだった。

「はずだった」と過去形になるのは、一時間後の自分を、このときの桑田はまだ知らなかったからである。

カーナビが「この先、案内を終了します」と白旗を揚げたのは、細い農道に入って十五分後のことだ。スマホの電波も、気づけば圏外になっていた。

田んぼの向こうに見える山は、緑が深く、黙って座っている。風が吹くと笹の葉がざわざわと鳴り、まるで笑っているようだった。

「こっちのはずなんだが……」

桑田はスーツの袖をまくり、畔道を歩き出した。革靴の底に土がまとわりつく。眉間にじわりと汗が浮かんだ。

農道の脇、背の高い笹藪が斜面に沿って続いていた。近道だと思った。人間とはかくも浅はかな生き物である。

足を踏み入れた瞬間、地面がなかった。

「あっ」

短い声と共に、桑田孝一・四十七歳・食品メーカー商品企画部長は、見事な弧を描いて斜面を転がり落ちた。企画書が宙を舞い、白い紙が初夏の空に散った。

泥の中に仰向けになって空を見上げると、老婆が一人、こちらを覗き込んでいた。

皺だらけの顔に、あきれたような、しかしどこか楽しそうな笑みを浮かべていた。

「あんた、何しとんの」

それが、ちまき名人・おちよ婆さんとの、最初の言葉だった。