ちまきの手 〜西谷、五月の葉の記憶〜 #18-4

翌朝、蓮が縁側に出ると、大地がすでに田んぼへ向かう背中を見せていた。

気づいたら、後をついていた。自分でも理由はよくわからなかった。ただ、あの背中を見送ったら、何か大切なものを取り逃がす気がした。

「ついてきたんか」

大地は振り返らずに言った。

「迷惑でしたか」

「別に」

それだけで、会話は終わった。

棚田が見えてきたとき、蓮は息を呑んだ。水を張ったばかりの田んぼが、朝の光を受けて静かに燃えていた。空が、山が、流れる雲の切れ端が、水面にそのままの姿で沈んでいた。

「ここには全部映る」

大地がぽつりと言った。

二人は畦道に腰をおろした。土の冷たさが、薄いデニムを通して伝わってくる。

「三年前に別れた人が、西谷のちまきを撮りに行けって言ってたんです」と蓮は言った。「その人、もういないんですけど」

大地はこちらを向かなかった。ただ「そうか」と言った。それが優しかった。

「兄が、東京に出てそのまま戻ってこない」

しばらくして、大地が言った。

「毎年ちまき送ってるけど、今年は電話も来んかった」

蓮は何も言わなかった。言葉を探すより、黙っているほうが正直だと思った。

水面が風にわずかに揺れた。映っていた空が、一瞬だけ崩れて、またもとに戻った。

克哉の声を、蓮はもう正確には思い出せなくなっていた。それが悲しいのか、あるいは少しだけ楽になった証拠なのか、この棚田の前では判断がつかなかった。

隣に、大地の肩があった。

触れるほどではない。でも、確かにそこにある。その距離が、今の蓮にはちょうどよかった。