午後の日差しが、庭の草をじりじりと照らしていた。
棚田から流れてくる風だけが、かろうじて涼しい。
すいか割りが始まると聞いて、子どもたちがいちばん先に庭へ飛び出した。
悠は気づいたら棒を握らされていた。
「え、俺が最初ですか」
「観光客は一番手って決まってますから」
中村さんがにこにこしながらそう言う。どこにも決まっていない気がしたが、反論できる雰囲気でもなかった。
目隠しをすると、世界が暗くなった。
「三歩前」
健太の声。
「もう少し右」
次の声で、悠の足が止まった。
朱音だ。
「そのまままっすぐ」
声が近い。棒を持つ手に、妙な力が入った。
振り下ろす。
空を切った。
笑い声が弾けた。
「惜しい! もう半歩前」
朱音の声に笑いが混じっている。悠は恥ずかしいより先に、おかしくなった。こんなことで、笑っている。
もう一度振り下ろすと、ぱん、と乾いた音がした。
歓声が上がった。
目隠しを外すと、すいかが二つに割れていた。真っ赤な断面が、夏の光を照り返している。
縁側に並んで座り、切り分けられたすいかを受け取った。
冷たくて、甘かった。
しばらく、誰も話さなかった。
棚田の水音だけが、遠くから聞こえてくる。
「西谷の空気って、なんか時間がゆっくりな気がする」
朱音がぽつりと言った。
「そうですね」と悠は答えた。ありきたりな返しだと思いながらも、他の言葉が出てこなかった。
本当にそうだったから。
朱音の横顔が、傾いた西日の中にある。
その輪郭を見た瞬間、三年前の記憶が音もなく浮かんだ。
展示会の喧騒。人混みの向こう。消えていった後ろ姿。
——あのとき、もし追いかけていたら。
すいかの赤が、視界の端で揺れた。
