君の笑い声が、ここにある 〜西谷の夏、流れる水のそばで〜 #20-7

神戸に戻って三日が経った。

デスクに積まれた案件を片付けながら、悠はふとある名前に目が止まった。

新しく届いた雑誌社からのデザイン依頼。担当ライターの欄に、こう書かれていた。

「長谷川朱音」

手が止まった。

画面をスクロールして、会社名を確認した。間違いない。あの取材カメラを構えていた、あの朱音だ。

偶然か。

いや——偶然にしては、できすぎている。

悠はしばらくモニターを見つめた。胸ポケットに手を当てると、折りたたんだメモ用紙の感触があった。棚田の細い線。七文字の約束。

「また来ます」

向こうも、知っていたのだろうか。それとも本当に、ただの偶然か。

どちらでもいい、と気づいた。

大事なのは、今、ここに名前があるということだ。

悠はメールの返信画面を開き、キーボードに指を置いた。

業務の件は一行で済んだ。問題は、その次だ。

何度か書いて、消した。

最終的に残ったのは、シンプルな一文だった。

「西谷の流しそうめん、また来年も流れます。一緒に食べませんか」

送信ボタンに指を重ねた瞬間、窓の外が急に暗くなった。

夕立だ。

大粒の雨が窓ガラスを叩き始め、街の音がかき消されていく。悠は画面を見た。見て、押した。

送信完了。

雨は激しくなった。

山あいの、あの川も、今頃は音を立てて流れているだろう。岸の草が揺れて、田んぼに水が満ちて、遠くで子供の声がして——。

スマートフォンが震えた。

短い返信だった。

「来年より、今秋の取材ではどうですか。西谷、もう一度行きたいので。——朱音」

悠は少し笑った。

窓の外、雨は上がりかけていた。