太鼓の音が、山の向こうから響いてきた。
西谷の夏まつりは、毎年この時期に地域の広場で開かれる。提灯が弧を描くように吊られ、夕闇の中でぼんやりと灯っていた。
悠は屋台の列をぼんやり眺めていた。友人の田所はすでに地元の人たちと輪になって盆踊りに加わっている。あいつはどこでもすぐになじむ。
人込みをかき分けながら、ふと視線が止まった。
金魚すくいの屋台の前に、浴衣姿の女性がしゃがんでいた。紺地に白い花の柄。子どもに混じって、真剣な顔でポイを水面に差し込んでいる。
朱音だった。
「あ」と思った瞬間、子どもが「お姉ちゃんすごい!」と叫んで、朱音が笑った。
その笑い声が、提灯の灯りの中に溶けた。
三年前より、少し大人びた笑い方だと思った。
「悠さん」
気づかれた。彼女は立ち上がって袖を整えた。「見てたんですか」
「たまたまです」
かき氷の屋台に並んだのは、なんとなく流れでそうなった。朱音はイチゴ、悠はレモン。二人でベンチの端に腰を下ろして、太鼓の音を聞いた。
しばらく黙って食べていた。
「私」と朱音が言った。「あの展覧会のこと、まだ覚えてるんです」
悠は持っていたスプーンを、静かに置いた。
「どんな展覧会でしたか」
「グラフィックデザインの。小さくて、でもすごく丁寧な展示で」
胸の中で、何かが動いた。
「案内してくれた人、名前も聞かなかったんですけど」朱音はかき氷を見つめたまま続けた。「ずっと気になってたんです。あの人、今どこで何してるんだろうって」
太鼓が鳴った。提灯が風に揺れた。
悠はゆっくりと口を開いた。
「もしかしたら」
声が、今度は止まらなかった。
