竹の中を、そうめんが走る 〜西谷の夏、四十二歳の見習い〜 #21-1

波豆川が山あいを縫うように流れるその集落に、三枝孝一はレンタカーのナビに三度裏切られながら、ようやく辿り着いた。

西谷。宝塚市の北端に位置するその地名を、彼は一ヶ月前まで知らなかった。

「たけのこ荘」の玄関で出迎えたのは、七十代とおぼしき小柄な女性だった。白髪を後ろでひとつに束ね、割烹着の胸元に小さな柿の染みをつけたまま、品定めするような目で三枝を見上げた。

「あら、また変な人が来た」

挨拶でも第一声でもなく、独り言のような確認だった。三枝は「どうも」とだけ返した。二十年間、レストランの厨房で言葉を削り続けてきた男の、精一杯の社交辞令だった。

翌朝、山から鳥の声が降ってきた。大阪のマンションでは聞いたことのない種類の声だった。

裏山へと続く細道を歩くと、竹林の手前で複数の人声がした。夏祭りの準備らしい。地元の男たちが長い竹を割り、流しそうめんの台を組んでいた。

見物するつもりだった。本当に、そのつもりだった。

しかし三枝の目は、竹の節の処理に釘付けになった。あの削り方では、内壁に段差ができる。水流が乱れる。そうめんが途中で詰まるか、最悪、飛び出す。

「すみません」

気づいたときには、口が動いていた。

「その節、もう少し丁寧に落とさないと水流が均一にならないですよ」

男たちの動きが止まった。

大柄な男がゆっくりと振り返った。日に焼けた首筋に、五十年分の野良仕事が刻まれている。地元では「ガンさん」と呼ばれているらしかった。

「……兄ちゃん、竹割ったことあるんか」

「ありません」

「そうか」

ガンさんは竹割り鉈を静かに持ち直した。三枝は、自分が今どういう状況に置かれているかを、プロとして正確に理解した。