清流の、きみへ 〜西谷、八月の川べりで〜 #26-1

波豆川は、思っていたより青かった。

誠一はリュックを背負ったまま、川岸の石の上に立ち止まった。六年ぶり、いや、もっとか。数えるのをやめた。水の音だけが変わらなかった。

祖父の七回忌の段取りは、午前中のうちに寺で済ませた。位牌の前で手を合わせながら、誠一はずっと別のことを考えていた。この川のことを。

「じいさん、ここへ来るといつも地図を広げてたな」

誰に言うでもなく、呟いた。祖父は几帳面な人だった。川沿いを歩くのに、わざわざ二万五千分の一の地形図を持ち出した。誠一がその血を引いたのかどうか、今もわからない。

八月の西谷は静かだ。

国道から少し入っただけで、空気が変わる。波豆の集落を抜けると、田んぼの向こうに山が迫り、川音がいよいよ大きくなる。誠一はその音の中に、子どもの頃の夏を聞いた。

「あの……」

声がした。振り返ると、若い女性が地図を両手で広げ、困り顔でこちらを見ていた。折り畳まれた紙の地図だった。スマートフォンではなく、紙の、だ。

誠一はそれだけで、少し親近感を覚えた。

「この川、地図より全然でかくないですか」

女性は地図と川を交互に見比べながら、大まじめな顔で言った。

誠一は笑った。声に出して笑ったのが、いつぶりかわからなかった。

「縮尺の問題です」と言いかけて、やめた。そういうことじゃない、と自分でもわかった。

「……そうですね。でかいですよ、この川は」

女性は少し目を丸くして、それから、ふっと笑った。川の光が、その横顔に当たった。

誠一の胸の中で、何かが、静かに動いた。