竹の中を、そうめんが走る 〜西谷の夏、四十二歳の見習い〜 #21-2

竹割り鉈の重さを、三枝は知らなかった。

だから「完璧にプロデュースします」と宣言したとき、ガンさんたちがあの顔をした理由も、最初はよくわからなかった。呆れというより、初夏の朝に突然現れた珍獣を見るような、静かな驚きの顔だった。

「プロデュース」

ガンさんがその言葉を口の中で転がした。外来語が竹林に吸い込まれていく。

「ああ、好きにせえ」

それだけだった。

三枝は翌朝から波豆川へ向かった。西谷の山あいを流れるその川は、夏でも水温が低く、地元の人間なら誰でも知っている名水だ。しかし三枝が知りたいのは「低い」ではなかった。正確な数値が必要だった。防水ケースに入れた料理用温度計を水に沈め、スマートフォンのメモに記録していく。

十八・三度。

「何してんの」

声がした。振り向くと、麦わら帽子をかぶった小学生が土手の上に立っていた。ガンさんの孫娘で、ひなたというらしい。目が祖父によく似ていた。品定めするような、まっすぐな目だ。

「水温を測っている」

「なんで」

「そうめんの最適投入角度を計算するためだ。水温と流速と竹の傾斜角には相関がある」

ひなたはしばらく沈黙した。

「おもしろそう」

「……そうか」

「手伝う」と彼女は土手を滑り降りてきた。止める間もなかった。

ひなたは川に手を浸けながら、「おじさん、たのしいの?」と聞いた。

「楽しいんじゃない、真剣なんだ」

三枝はそう答えた。しかし温度計を川底に押し当てながら、自分でも判然としなかった。二十年間、厨房で同じ顔をしてきた。あの顔が、今ここにあった。

川の水は冷たく、澄んでいた。