帰りの車は、静かだった。
武庫川沿いの道を、父さんが黙って運転していた。ラジオもついていなかった。窓の外を、山が流れていった。西谷の緑が、少しずつ遠くなっていく。
拓海は膝の上で、炭をにぎっていた。
康太からもらった、あの炭だ。シャツの端でくるんで、大事に持っていた。
武田尾のあたりに差しかかったとき、父さんが口を開いた。
「来て良かったな」
ぽつり、と言った。
「うん」
拓海が返すと、しばらくまた黙った。
でも今度の沈黙は、前とちがった。重くなかった。
信号が赤になって、車が止まった。なんとなくルームミラーを見たら、父さんの目が赤かった。
泣いているのか、昨日の煙のせいか、拓海には分からなかった。
父さんは何も言わなかった。拓海も、何も言わなかった。
ただ、炭を少し強くにぎった。軽いのに、ちゃんとそこにある。
信号が青になって、車は走りだした。
そのとき、ふと思った。
康太の連絡先、交換してなかった。
あたりまえのように一緒にいて、あたりまえのように別れてきた。名前も知ってる、顔も覚えてる。なのに、もう連絡できない。
胸の奥が、すこしだけ痛くなった。
でも、炭は手の中にある。
あの窯のそば、朝の青い空気の中で、康太が「折れへんから」って言いながら差し出してくれた、あの炭が。
なくなったわけじゃない。
形が変わっても、残るものがある。田村さんが言ってた。
拓海は窓に頭をもたせかけた。山の稜線が、まだ遠くに見えた。西谷の森が、夏の光の中にしずかに立っていた。
