夜中の二時を過ぎたころ、光太郎の肩を何かが揺らした。
蒼だった。
「お父さん。川、行こう」
寝ぼけているのかと思ったが、蒼の目は澄んでいた。眠れなかったのか、それとも夢の続きなのか、判断がつかなかった。
「今から?」
「うん。なんか、行かなあかん気がする」
子どもの言うことを、笑い飛ばせなかった。
光太郎は黙って起き上がった。
懐中電灯を一本だけ持って、二人は宿を出た。
西谷の夜は、都会と違う種類の暗さだった。星が多すぎて、空が逆に重たい。波豆の集落を抜けると、川の音がすぐに足もとまで来た。
「あそこ」と蒼が指さした。
徳さんが教えてくれた淵だった。川岸の石は昼間より白く、水は黒かった。
光太郎は懐中電灯を水面に向けた。
底が光った。
その光の中に、動くものがあった。
大きかった。
岩のような、でも岩ではない、なめらかな丸みをもった影が、石の上にじっとしていた。
オオサンショウウオだった。
体長は優に一メートルを超えていた。ひだのある皮膚が水を受けて、鈍く光っていた。光を嫌う様子もなく、ただそこに在った。川の古い時間が、そのまま形になったように。
蒼は声を出さなかった。
二人は並んで、しばらくその姿を見ていた。
「おじいちゃんも、見たのかな」
蒼が小さく言った。
光太郎はすぐには答えられなかった。
たぶん、見ていた。この淵で、この水で、同じように息を止めて。
「見とったと思う」
オオサンショウウオは動かなかった。川だけが、変わらず流れていた。
