翌朝、徳さんが縁側に座っていた。
膝の上に、古い封筒を置いていた。
「昨夜、川に行ったろ」
問いではなく、確認だった。光太郎がうなずくと、徳さんは封筒を差し出した。
「義雄くんから預かっとったんや。いつか光太郎が来たら、渡してくれって」
中に、一枚の写真があった。
若い義雄だった。
波豆川の淵の前に立ち、水面を指さして笑っていた。その笑い方が、蒼にそっくりだった。裏を返すと、鉛筆の走り書きがあった。
——この子に、いつか見せてやりたい。
光太郎は声が出なかった。
父は知っていたのだ。あの淵に、あの古い命が棲んでいることを。そして、それを息子に見せたいと思っていたことを。言葉にはしなかった。できなかったのか、しなかったのか、もうわからない。ただ、この一枚の紙切れに、ひっそりと預けていた。
「ありがとうございます」
声がかすれた。
蒼が横から写真を覗き込んだ。
「これ、おじいちゃん?」
「そうや」
「めっちゃ、嬉しそうな顔してる」
そうだった。父があんなに嬉しそうに笑っている顔を、光太郎は見た記憶がなかった。少なくとも、自分に向けて。
波豆の山は、朝の光の中でやわらかく霞んでいた。どこかで鳥が鳴いた。川の音だけが、変わらずそこにあった。
父はずっと、この川で待っていたのかもしれない。
光太郎は写真を、両手で持ち直した。
