ちまきの手 〜西谷、五月の里山にて〜 #17-4

畦から戻る道すがら、渉はふと足を止めた。

鞄の内ポケットに、古い手帳がある。祖母の七回忌の片づけをしていたとき、形見の袱紗の間から出てきたものだ。

「あの」

振り向いた灯に、渉は手帳を差し出した。

「少し、見てもらえますか」

手帳の表紙は黒ずんで、角が丸くなっていた。灯はそっと受け取り、挟まっていた紙片を開いた。

鉛筆の走り書きだった。色褪せた罫線の上に、几帳面とも乱雑ともつかない字が並んでいる。

〈笹は三枚。根元をそろえ、左から回して、引かずに押さえる〉

ちまきの笹の結び方を、誰かが書き留めたものだった。

「祖母が残してたんです。西谷に来るたびに、地域の人と一緒に作っていたらしくて」

灯は黙ってその紙を見ていた。

しばらくして、小さく言った。

「うちのおばあちゃんも、同じ字で書いてた」

渉は聞き返さなかった。

同じ字、という意味が、すぐには飲み込めなかったのではない。飲み込んだからこそ、何も言えなかった。

「集落の女の人たちが、みんなで習ったから」

灯は紙を渉に返しながら続けた。

「教えてくれたのが一人だったら、書き写した字も似てくる」

大原野の山が、夕光を受けてゆるやかに赤みを帯びていた。棚田に映った空が、静かに色を変えていく。

渉の祖母と、灯の祖母が、同じ西谷の五月に並んで笹を手にしていた。そんな光景が、不意に浮かんだ。

確かめようのないことだ。それでも渉は、その想像がどこかあたたかいと思った。

灯が歩き出した。渉も並んで歩いた。

二人の間の距離は、行きと同じだった。ただ、その距離の感触が、少しだけ違っていた。