ちまきの手 〜西谷、五月の里山にて〜 #17-5

灯の家は、波豆川沿いの坂をすこし上がったところにある古い農家だった。

「昨日のより、ちゃんと蒸せると思います」

灯は土間の竈に火をおこしながら言った。渉は入口近くに立ったまま、その背中を見ていた。

「上がってください」

促されて、渉は靴を脱いだ。板の間に足をのせると、長い年月が染み込んだような、しっとりとした感触があった。

釜に水を張り、笹のちまきを並べる。蓋をすると、やがて白い蒸気が細く立ちのぼり始めた。

しばらく、二人とも黙っていた。

「渉さんは、神戸に戻ったら」

灯は釜の火を見つめたまま言った。

「また設計の仕事ですか」

「ええ」

「いいですね。作ったものが、ちゃんと残る」

その言葉の端に、何かが引っかかった。渉は灯の横顔をそっとうかがった。

「私、西谷を出ようか、迷ってるんです」

灯は声を変えずに続けた。

「両親が年を取って、下の街に移りたいって言い始めて。田んぼも、そう長くは続けられないかもしれない」

渉は何も言えなかった。

気の利いた言葉など、最初から持っていなかった。ただ蒸気の揺らぎを目で追いながら、この土間に積み重なってきた時間のことを、ぼんやりと考えた。

やがて蓋を開けると、濃い笹の香りが広がった。

灯が一本を渉に差し出した。渉はそれを受け取り、笹をほどいた。

白い餅が、ほのかな熱を帯びたまま現れた。

口に含むと、甘さより先に、静けさのようなものが広がった。

祖母も、この味を知っていた。迷いや、別れや、それでも続く日々を、黙って包んできた味だ。

「おいしい」

渉はそれだけ言った。

灯は少し笑って、自分のちまきを手に取った。

窓の外、波豆川の水音が、変わらずに聞こえていた。