清流の番人 〜西谷、夏の夜に灯るもの〜 #27-4

夜中の二時を過ぎたころ、光太郎の肩を何かが揺らした。

蒼だった。

「お父さん。川、行こう」

寝ぼけているのかと思ったが、蒼の目は澄んでいた。眠れなかったのか、それとも夢の続きなのか、判断がつかなかった。

「今から?」

「うん。なんか、行かなあかん気がする」

子どもの言うことを、笑い飛ばせなかった。

光太郎は黙って起き上がった。

懐中電灯を一本だけ持って、二人は宿を出た。

西谷の夜は、都会と違う種類の暗さだった。星が多すぎて、空が逆に重たい。波豆の集落を抜けると、川の音がすぐに足もとまで来た。

「あそこ」と蒼が指さした。

徳さんが教えてくれた淵だった。川岸の石は昼間より白く、水は黒かった。

光太郎は懐中電灯を水面に向けた。

底が光った。

その光の中に、動くものがあった。

大きかった。

岩のような、でも岩ではない、なめらかな丸みをもった影が、石の上にじっとしていた。

オオサンショウウオだった。

体長は優に一メートルを超えていた。ひだのある皮膚が水を受けて、鈍く光っていた。光を嫌う様子もなく、ただそこに在った。川の古い時間が、そのまま形になったように。

蒼は声を出さなかった。

二人は並んで、しばらくその姿を見ていた。

「おじいちゃんも、見たのかな」

蒼が小さく言った。

光太郎はすぐには答えられなかった。

たぶん、見ていた。この淵で、この水で、同じように息を止めて。

「見とったと思う」

オオサンショウウオは動かなかった。川だけが、変わらず流れていた。