炭になった夏 〜西谷の森で、ぼくらは燃えた〜 #23-1

車が武田谷トンネルを抜けた瞬間、景色がひっくり返った。

コンクリートとアスファルトだけだった世界が、緑と田んぼと山になった。拓海は思わず窓を少し開けた。知らない匂いがした。草の匂いとも、土の匂いとも、水の匂いとも違う。強いて言えば、全部が混ざったような匂いだった。

「空気、ちゃうやろ」

父・賢一がぽつりと言った。

拓海は返事をしなかった。「うん」と言えばよかったのに、なぜかそれだけが出てこない。半年前からずっとそうだった。

西谷の森公園の駐車場に車を止めると、もう何組かの家族が来ていた。受付の建物の軒下に、同い年くらいの男の子がいた。しゃがんで、地図を広げている。

目が合った。

二人とも、すぐに視線を逸らした。

父親同士が挨拶を始めた。「中村です」「武田です」。大人はすぐにしゃべれる。どうして大人はいつもそうなんだろう、と拓海は思った。

男の子は康太というらしかった。拓海と同じ五年生だと、父親の声が聞こえてきた。

拓海はそっと康太の地図を横目で見た。西谷の山々を描いた手書き風の案内図で、小道や沢がごちゃごちゃと描き込まれていた。

その端っこに、小さな文字があった。

「炭焼き小屋」。

なんだろう、と思った。炭なんて、拓海には縁がない。でも、その三文字は不思議と目に刺さった。地図の端っこに、まるで秘密みたいに書かれていたからかもしれない。

「拓海、行くぞ」

父の声に、拓海は顔を上げた。康太はもう地図を畳んでいた。

夏がここにあった。

拓海はまだ知らなかった。あの地図の先に、この夏のすべてが待っていることを。