ノートの最後のページは、破れかけていた。
指先で慎重にめくると、そこだけ筆圧が違った。まるで何かを決意して書いたかのように、文字が紙に食い込んでいた。
「蓮司は必ず、誰かの川になれる」
手が、震えた。
日付は二十三年前。蓮司がまだ小学五年生だった夏のことだ。自分がここに来ていたこと自体、記憶の底に沈んでいた。でも祖父は覚えていた。書いていた。ずっと。
翌朝、縁側でコーヒーを飲んでいると、川のほうから足音が聞こえた。
ケンタだった。虫取り網も持たず、手ぶらで立っている。
「また、石積みしていい?」
蓮司は黙ってうなずいた。
波豆川の水は、朝の光を受けて透き通っていた。二人は並んで川に入り、石を選んだ。話すでもなく、ただ手を動かした。
しばらくして、ケンタがぽつりと言った。
「神戸に、タクトってやつがおってん」
蓮司は石を積む手を止めなかった。
「俺が転校するって言ったとき、泣いてた。男なのに」
「そうか」
「俺は泣かんかった」
また沈黙。川の音だけが流れた。
「泣けばよかった、って今は思う」
蓮司は何も言わなかった。言わなくていいと、体が知っていた。
石が一段、また一段と積み重なっていく。ケンタの塔は、昨日より少しだけ高かった。
川の冷たさが足首に馴染んでくるころ、蓮司はふと思った。
祖父もこうやって、ここに立っていたのだろうか。
答えを出す言葉も、励ます言葉も持たないまま、ただ子どもの隣で、水に足をひたしていたのだろうか。
川は今日も、何も嘘をつかなかった。
