徳さんは土手の草の上に、迷いなく腰を下ろした。
「座り」と言うように、隣を軽く叩いた。光太郎も倣って草の上に座った。
蒼は少し離れた浅瀬で、まだ石を探していた。
「義雄さんはな、毎年夏になったら一人でふらっと来よったんや。二十代のころからや」
徳さんは波豆川を見たまま言った。川の水が、白く光っては消えた。
「無口なひとやったけどな。川の前やと、なぜかよう話した。仕事のこと、都会のこと、よう分からん愚痴も」
光太郎は膝に手を置き、黙って聞いた。
「息子がおる、いう話もしとったで。まだ小さい、って言うて、ちょっと照れたような顔して」
その言葉が、光太郎の胸のどこかにゆっくりと沁みた。
——息子の話を、ここで、他人にしていた。
なぜ、自分には一度も話してくれなかったのか。西谷の話も、この川の話も、父の口から聞いたことは一度もなかった。
「あんた、義雄さんに似とるな」
徳さんが初めてこちらを向いた。
「顔だけやない。川の見方が」
光太郎は何も言えなかった。
「おじさん」
蒼の声がした。いつの間にか川から上がり、二人の少し後ろに立っていた。濡れた足に草がついていた。
「おじいちゃんは、なんで話してくれへんかったんかな」
子どもの言葉は、まっすぐすぎて、よけいなところに刺さる。
徳さんは少し笑った。
「さあな。でも来とったやろ、ここに。それは、ちゃんと話しとることちゃうか」
波豆川は変わらず流れていた。
光太郎は父が見ていたはずの水面を、今、自分が見ていることに気がついた。
