案山子は、問われるままに一年の話をした。
春、まだ土が冷たいうちに、人々が田を起こし、水を引く。その頃の自分は物置の隅で埃をかぶっているが、田植えの季節になると、誰かが引っ張り出して立ててくれるのだという。
「六月の頃になると、波豆川の辺りに蛍が出る。私の立つ田まで、時々迷い込んでくる。小さな光が稲の間を漂うのを、毎年飽かず眺めておる」
「蛍を見るのが、君の役目か」
「いや。雀を追うのが役目だ。だが、役目の合間に見るものが、存外に仕事の中身より記憶に残る」
私は茶をすすりながら、その言葉を反芻した。翻訳の仕事の合間に見た景色の方が、なるほど記憶に残っているような気がする。
夏は暑く、稲は背丈を伸ばし、風が吹くたびに青い波が走る。秋になれば穂が垂れて、人々の顔がほころぶ。
「刈り入れの日はな、皆が笑う。誰も私を見ないが、私も笑っておる」
案山子の声は、少し震えているように聞こえた。月が雲の間から出て、庭に半纏の影を落とした。
私は、その寂しさに思い当たるものがあった。仕事を一つ納め終えた夜の、あの静けさに似ているのである。
「だが、笑ったあとが、いつも少し寂しい」
私は何も言えず、ただ頷いた。