時刻表を確認したのは、神社を出たすぐあとだった。
次のバスまで、あと十二分。
停留所まで歩けば間に合う。そう計算した。しかし岸田は、足を速めなかった。
律子が「波豆川の土手、少し歩きますか」と言ったから、という理由にしておいた。自分でも、それが理由のすべてではないと気づいていた。
土手の草は黄色く枯れ始めていた。川面は光を含んで、冷たい銀色に揺れていた。律子が昔の西谷の話をした。田んぼの数が減ったこと、若い人が戻らないこと、それでもここで暮らすことを選んだこと。
岸田は聞きながら、手帳を取り出しそうになる指を、ポケットの中でこらえた。
気づいたときには、バスは行っていた。
「次は夕方ですよ」と律子は言い、少し笑った。困った顔ではなかった。「農家カフェ、寄りますか」
集落の奥、古い民家を改装した小さな店だった。西谷産の栗おこわと、鉄瓶で沸かした番茶。窓の外、棚田の稲刈り跡が夕光を受けて金色に染まっていた。
岸田は無意識にメモ帳を出した。
「今日は記者じゃないでしょう」
律子の声は、責めてもいなかった。ただ、静かだった。
岸田はメモ帳をポケットに押し込んだ。何も言えなかった。
栗おこわを一口食べた。甘さではなく、土の味がした。
窓の外を、柿の葉が一枚、風もないのに落ちていった。
律子は湯呑みを両手で包むように持ち、山のほうを見ていた。その横顔に、岸田はまた、一瞬だけ目をやった。
今日は記者じゃない。
その言葉が、胸の中でゆっくりと、沈んでいった。
