翌朝も、蓮は七時前に畑へ出た。
なぜかは、自分でもわからなかった。眠れなかったわけでも、義務があるわけでもない。ただ、あの霧の中にまだ何かが残っているような気がして、足が動いた。
ふゆはすでに来ていた。
「鍬、貸して」
蓮が言うと、ふゆは一瞬だけ眉を上げた。それから黙って、短めの鍬を差し出す。
「刃を寝かせすぎたら刺さらへん。立てすぎたら弾かれる。ちょうど中間」
言葉は短かったが、教えることには慣れているらしかった。
蓮は言われた通りに鍬を振り下ろした。硬い。土というものがこれほど抵抗するとは思わなかった。三度、五度、十度。やがて少しずつ、地面がほぐれていく。
その感触が、不思議なほど胸の内側に似ていた。
「黒瀬くん」
声がして、振り返ると、老人が畦道に立っていた。日焼けした顔に、深い皺。麦わら帽子を少し傾けて、こちらを見ている。
「藤原さん」とふゆが言った。「隣の農家さん。昔から西谷におる人」
老人は蓮の手元を眺め、それから深くうなずいた。
「よう来てくれた。黒瀬のじいさんが最後に耕してから、もう三年になるなあ」
「……祖父を、ご存知だったんですか」
「知っとるどころか」と藤原は笑った。「この畑はな、昔みんなで守っとったんや。波豆川の上流が荒れたとき、水を引き直してな。一人では無理やった。みんなで掘った」
みんなで、掘った。
その言葉が、蓮の耳の中でゆっくりと回転した。
土の中に、鍵があった。
みんなで守っていた、畑の、土の中に。
《藤原・西谷在住・祖父と共に畑を守った・「みんな」とは誰か》
スマホに打ち込みながら、蓮は自分の指先が微かに震えているのに気づいた。
