藤原老人は、麦わら帽子を胸に抱えて話し始めた。
「十年前や。若いもんが集まってな、『西谷未来農場』いう名前をつけて、この辺りの休耕地をみんなで耕しとった」
蓮はスマホを握った。
「何人くらいいたんですか」
「六人や。二十代そこそこのな。みんな、ここに残るかよそへ出るか、ちょうど迷うとる年頃やった」
波豆川の瀬音が、遠くから聞こえた。夏草の匂いが濃かった。
「ふゆちゃんのお父さんも、おったんやで」
ふゆの手が、鍬の柄をぎゅっと握るのが見えた。それだけだった。何も言わなかった。
「彼らは、小屋を建てた。道具を共有して、話し合いをして。ほんまに楽しそうやった」
老人の声に、かすかな翳りが差した。
「ところがな。ある夏を境に、誰も来んようになった。理由も言わんと。六人が六人とも、ばらばらに、黙って」
蓮の背筋を、冷たいものが走った。
「その小屋は——今も?」
「ある」と藤原はうなずいた。「波豆川の支流沿い、杉林の奥や。ただ、もう十年、誰も開けとらん。錠前がかかったままでな」
蓮はポケットの中の鍵に触れた。
冷たく、重く、確かにそこにあった。
《西谷未来農場・六人・小屋・十年前の夏に失踪・ふゆの父も含む》
「なぜ、誰も理由を話さなかったんでしょう」
老人は少し間を置いた。
「……話せんかったんやろ。何かが、あったんや」
ふゆはずっと、土を見ていた。
その横顔は、怒っているのか、泣きそうなのか、蓮には判別できなかった。ただ、彼女がこの謎を、蓮よりもずっと長い時間、ひとりで抱えてきたのだということだけは、わかった。
土の下で、何かが静かに息をしている。
そんな気がした。
