畑の暗号 〜西谷の土が教えてくれた秘密〜 #13-2

朝霧が波豆川の谷あいに白く溜まっている。

蓮が畑に出たのは、まだ七時を少し回ったころだった。昨夜から頭を離れない鍵のことを、体を動かしながら整理しようとしていた。

隣の畑に、人影があった。

長い黒髪を後ろでひとつに束ねた少女が、鍬を振るっていた。迷いのない、一定のリズムで。

「……おはようございます」

声をかけると、少女はこちらをちらりと見た。驚く様子もなく、「おはよう」とだけ返す。

「吉野ふゆ。農業高校二年。あなた、黒瀬さんとこの孫?」

問いなのか、確認なのか、判然としない言い方だった。

「そう、です。蓮。黒瀬蓮」

「知ってた」

ふゆはまた鍬を動かした。会話を終わらせるように。

蓮は少し迷ってから、ハンカチに包んだ鍵をポケットから取り出した。

「あの——昨日、畑でこれを見つけて」

ふゆの手が止まった。

一瞬だけ。だが確かに、止まった。

彼女はゆっくりと振り返り、鍵を見た。真鍮の錆。刻まれた細かな模様。その視線が、するりと険しくなる。

「……それ、どこで見つけたの」

声のトーンが、わずかに変わっていた。

「祖父の畑の、土の中。だいたい三十センチくらい——」

「どのあたり」

「北の端。石垣のそば」

ふゆはしばらく黙っていた。朝霧がゆっくりと動いている。遠くで鳥が鳴き、波豆川の水音だけが変わらず流れた。

「捨てておけばよかったのに」

それだけ言って、ふゆは背を向けた。

「待って——」

「聞かないほうがいいこともある」

声に、棘はなかった。むしろどこか、心配するような響きがあった。それがかえって、蓮の胸にじわりと染み込んだ。

《吉野ふゆ・農業高校2年・西谷在住。鍵を見て明らかに動揺。知っている》

蓮はスマホに打ち込んだ。霧の向こう、ふゆの背中はもう小さくなっていた。