午後の空が、急に変わった。
入道雲の向こうに黒い塊が押し寄せてきたと思ったら、風が変わり、波豆川の水面が細かく波立った。
「やばい、来るで」
子どもたちの誰かが叫んだ。三人が川の中で凍りついた。
「全員、岸に上がれ!」
蓮司は声を張った。教師の声だった。三年ぶりに出た、あの声だった。
雨は一気に落ちてきた。川の色が変わるのは早かった。透き通っていた水が、みるみる濁り始める。流れが、太くなる。
子どもたちが次々と岸に飛び上がる。蓮司も上がろうとした瞬間、後ろでケンタが声を上げた。
「あっ——」
振り向くと、ケンタが流れに足をとられてよろめいていた。蓮司は腕を伸ばし、ケンタの腕をつかんだ。引き上げる。泥だらけの足が岸に上がった。
「大丈夫か!」
「うん……ありがとう」
ケンタの声は少し震えていた。蓮司の手も、震えていた。
——あのときも、俺は間に合わなかった。
三年前の教室。廊下の端で膝を抱えていた子どもの姿。声をかけようとして、足が止まった、あの朝。
間に合わなかった。ずっと、そう思ってきた。
蓮司は岸にしゃがみ込んだ。川の水で濡れたままの手を、ただ眺めた。雨音が耳の奥で大きくなっていく。
小さな手が、背中にそっと触れた。
ケンタだった。何も言わない。ただ、置いただけだった。
その重さが、妙にリアルだった。
子どもの手の、この重さ。
蓮司は目を閉じた。雨が川を叩く音が、遠くなった気がした。
