川から戻ると、ミツさんはもう縁側に座っていた。麦茶を二つ用意して、蓮司を待っていたかのように。
「ケンタくんと話してたんやね」
見ていたのか、と蓮司は思ったが、責める気にはなれなかった。
「昨年、転校してきたんやって」
ミツさんは静かに頷いた。
「神戸から。お母さんが実家に戻ってきてね。ケンタくん、クラスではずっと一人やって聞いてるよ。誰とも遊ばん、というより、遊べんのかもしれんけど」
蓮司は麦茶を受け取り、黙って飲んだ。冷たさが、喉の奥に染みた。
「あの子、先生みたいな人かって俺に聞いてきた」
「そう」
「答えられんかった」
ミツさんは少し間を置いてから言った。
「あなたのおじいさんもね、よくここで子どもらの話を聞いてたんよ」
蓮司は顔を上げた。
「川遊びしながら、何でもない顔して。子どもって不思議で、歩きながらとか、手を動かしながらのほうが、本当のこと話せるやろ。おじいさん、それを知ってたんやと思う」
知らなかった。祖父のそんな姿を、蓮司は一度も見たことがなかった。
「家に、ノートがあるよ。押し入れの中に」
縁側から上がり、奥の和室へ向かうと、ミツさんの言った通り、古い押し入れの隅に一冊のノートがあった。
表紙は日に焼け、罫線のページには几帳面な文字が並んでいた。
子どもの名前。そして短い言葉。
「石を積むのが好き」「お父さんのことが怖い」「学校がしんどい」
どの言葉も、ほんの一行だった。でも確かに、誰かがここに来て、話して、帰っていった証だった。
蓮司はページをめくる手を止めた。
ある名前の横に、こう書いてあった。
「話せなくても、来てくれた」
