月が棚田を白く染めていた。
蓮が気づいたのは、偶然だった。眠れずに縁側へ出ると、段々の田の一角に、草を刈る人影があった。
ふゆだった。
刃が夜の草を払うたびに、露が散った。星くずのように、ちいさく光って消えた。
「……何してんの、こんな時間に」
声をかけると、ふゆは振り返りもせず答えた。
「眠れんかった」
それだけだった。蓮は黙って隣の畦に腰を下ろした。
しばらく、鎌の音だけが続いた。波豆川の支流が、どこか遠くで鳴っていた。
「父が」
ふゆが、突然言った。
「何も、話してくれんの。あの頃のこと、一回も。六人で何があったか、なんで小屋を捨てたか。訊くたびに、顔が変わって、黙って」
刃が止まった。
「ずっと、知りたかった」
その声は、怒りとも悲しみとも取れなかった。ただ、長い時間をかけて乾いたものが、夜の湿気にほどけていくような声だった。
蓮は、胸の奥が痛くなった。
——自分も、おなじだ。
学校で、何があったのか。なぜ行けなくなったのか。親に話せない。友達にも。言葉にしようとするたびに、喉の奥で何かがつまって、結局ひとりでスマホのメモに書いて、消す。
ふゆの孤独と、自分の孤独は、形が同じだった。
「おれも」と、蓮は言った。「黙ったまま、ここに来た」
ふゆが初めて振り向いた。
月明かりの下で、彼女の目が光っていた。泣いているのか、それとも夜露が映っているだけなのか、わからなかった。
「……そっか」
それだけだったが、ふゆはまた草を刈り始めた。今度は、少しだけゆっくりと。
蓮もそっと鎌を拾い、隣の列を刈り始めた。
二人の間に言葉はなかった。ただ、刃が同じリズムを刻んでいた。
ポケットの鍵が、静かに揺れた。
