畑の暗号 〜西谷の土が教えてくれた秘密〜 #13-5

月が棚田を白く染めていた。

蓮が気づいたのは、偶然だった。眠れずに縁側へ出ると、段々の田の一角に、草を刈る人影があった。

ふゆだった。

刃が夜の草を払うたびに、露が散った。星くずのように、ちいさく光って消えた。

「……何してんの、こんな時間に」

声をかけると、ふゆは振り返りもせず答えた。

「眠れんかった」

それだけだった。蓮は黙って隣の畦に腰を下ろした。

しばらく、鎌の音だけが続いた。波豆川の支流が、どこか遠くで鳴っていた。

「父が」

ふゆが、突然言った。

「何も、話してくれんの。あの頃のこと、一回も。六人で何があったか、なんで小屋を捨てたか。訊くたびに、顔が変わって、黙って」

刃が止まった。

「ずっと、知りたかった」

その声は、怒りとも悲しみとも取れなかった。ただ、長い時間をかけて乾いたものが、夜の湿気にほどけていくような声だった。

蓮は、胸の奥が痛くなった。

——自分も、おなじだ。

学校で、何があったのか。なぜ行けなくなったのか。親に話せない。友達にも。言葉にしようとするたびに、喉の奥で何かがつまって、結局ひとりでスマホのメモに書いて、消す。

ふゆの孤独と、自分の孤独は、形が同じだった。

「おれも」と、蓮は言った。「黙ったまま、ここに来た」

ふゆが初めて振り向いた。

月明かりの下で、彼女の目が光っていた。泣いているのか、それとも夜露が映っているだけなのか、わからなかった。

「……そっか」

それだけだったが、ふゆはまた草を刈り始めた。今度は、少しだけゆっくりと。

蓮もそっと鎌を拾い、隣の列を刈り始めた。

二人の間に言葉はなかった。ただ、刃が同じリズムを刻んでいた。

ポケットの鍵が、静かに揺れた。